犬の慢性腸症の病態解析
メンバー: 井手香織
分野: 動物生命科学
所属: 農学研究院
キーワード: 獣医内科学、血液病学、消化器病学、腸炎、セロトニン、腸管型アルカリフォスファターゼ
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研究概要
消化器疾患は、小動物臨床獣医師が最も多く遭遇するものの1つであり、犬や猫の消化器疾患の中でも発生が多いことで知られているのが「慢性腸症」と呼ばれる疾患群である。一過性の胃腸炎と異なり、嘔吐、下痢軟便、食欲不振などの消化器症状が慢性的に続くのが特徴であり、感染症をはじめとする他の疾患ができるかぎり除外されたのちに、最終的に消化管粘膜生検の病理組織学検査と併せて診断される。病理組織学的特徴としては、炎症細胞の浸潤(リンパ球と形質細胞が主体であることが多く、時に好酸球や好中球)、粘膜上皮細胞の萎縮や糜爛、小腸であれば絨毛の萎縮やリンパ管拡張といった正常を逸脱した所見が得られる。
しかしながら、上記の特徴がそろった場合、もとの原因如何に関わらず「慢性腸症」としてとりあつかわれる可能性があり、例えば食事内容に対するアレルギー反応が背景にあるケースや高分化型リンパ腫とは完全には区別できない。特に獣医臨床では当然ながら動物から直接話を聞くことが出来ないため、客観的な証拠がない限り原因を突き止めることは難しい。標準的な抗炎症療法に対する反応も良好な症例からほとんど無効の症例まで様々であることからも、慢性腸症はかなりヘテロな病態の集団であろうと考えられる。
そこで動物の慢性腸症に対して、近年では医学と同様に、様々な方向からのアプローチで病態解析が行われている。近年注目されている腸内細菌叢を調べた報告や、腸管免疫機構を調べた報告もある。
我々はこれまで、下記の2点からのアプローチで犬の慢性腸症の解析をおこなってきた、あるいは継続中である。1つ目は、腸管型アルカリフォスファターゼという、腸内細菌毒素を解毒する宿主側の防御機構である。ヒトや齧歯類では詳細な報告がなされており、腸炎モデル動物ではこれが減少していたこと、経口的に補充すると腸炎症状が改善したことが報告されていた。我々は犬で詳細な発現部位および糞便中への分泌について明らかにし、腸内細菌毒素であるリポポリ多糖類を分解する機能を有することも確認した。また、健康な犬群と慢性腸症症例犬群でこれを持っている量を比較解析し、両者に違いがあることを発見した(論文作成中)。また食事成分によってもこの量が変わる可能性も見いだしており、今後も引き続き研究を続け、最終的には犬の慢性腸症の検査や治療のターゲットとしての有用性を見いだしたいと考えている。
2つ目は、消化管のホメオスタシスに重要な、セロトニン機構に着目した研究である。消化管は「第2の脳」とも呼ばれ、体内のセロトニンという神経伝達物質の9割以上が消化管で作られている。これは消化管ホルモンとしても働き、消化管の動きをはじめとした生理機能を司っている。もともとセロトニン機構に関連した研究が進んでいた消化器疾患は、ヒトの過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome; IBS)であるが、近年ではIBSとIBDのオーバーラップする部分が明らかになりつつある。例えばIBD患者でもセロトニン機構に異常が見つかる集団が存在すると言われている一方、従来は炎症性疾患ではなかったIBSにも、IBDのような腸炎所見が見つかる場合があることが分かってきている。一方、精神的な問題を評価しづらい犬ではIBSが明確に定義されていない物の、極めてヘテロな集団であると考えられる犬の慢性腸症の中には、少なくともヒトにおけるIBDおよびIBSのオーバーラップする病態に近いものが存在する可能性、あるいは腸炎に伴ってセロトニン機構に異常が生じている集団が存在する可能性を考え、研究を始めた。解析を進めてみると、やはり、健常犬群と慢性腸症の犬群との間には、消化管組織中のセロトニン産生細胞の数や、セロトニン取り込み機構の発現に、違いがあることが分かってきた。現在さらに詳しく検討を進めているところである。
お問い合わせ先
東京農工大学・先端産学連携研究推進センター
urac[at]ml.tuat.ac.jp([at]を@に変換してください)
Research in canine chronic enteropathy
Research members: Dr. Kaori Ide
Research fields: Animal life science
Departments: Institute of Agriculture
Keywords: veterinary medicine hematology gastroenterology serotonin enteropathy
Web site:
Summary
Current major research objective is to find unknown pathophysiological state in canine chronic enteropathy.
Contact
University Research Administration Center(URAC),
Tokyo University of Agriculture andTechnology
urac[at]ml.tuat.ac.jp
(Please replace [at] with @.)